「十一月」の十二ヶ月

   
1月。古いビルの一室にある「十一月」の真冬は寒い。
開店時刻早々の昼過ぎに店を訪れると、週末とはいえ客は少ないことが多い。
真冬の「十一月」は、だから静かで、時間が止まったままになっているような、そんな感覚を味わうことができる。
最高の季節(僕にとっては)。

 
 
2月。「さっぽろ雪まつり」で賑わう街に、「十一月」にも遠くからの訪問客が訪れる。
ホームページや雑誌などで見て、この北の街の雑貨店へ、旅人は夢を抱いてたどり着くのだろう。
初めて目の当たりにする店内空間は、きっと想像以上に冷たくて不思議な空間だ。
 
 
3月。遠くに少しずつ春の足音が聞こえてきそうな季節。
「十一月」はまだ真冬のままの静けさを漂わせて、店は神聖な空気を保ち続けている。
学校を卒業して、北の街を出て行くという女の子が、「さよなら」を伝えるためだけに、レジの前に立ち尽くしていた。
 
 
4月。新しい季節の始まりは、静かな雑貨店の中にも伝わり始めている。
何かを始めてみたい季節。
暮らしを変えてみたいと思う人が、そっと「十一月」の扉を開けてみる。そんな季節。

 
 
5月。北の街にも初夏の風が吹き始め、いつの間にか「十一月」は賑やかになっている。
真冬の静けさが嘘だったみたいに、女の子たちの賑やかな笑い声が、店の中にも聞こえるようになる。
イベントの季節が始まるのだ。
   
 
6月。店内が賑やかになるにつれて、僕の足は少しずつ「十一月」から遠のいていく。
店の邪魔にはなりたくない。
久しぶりに顔を出した僕を見て、店主は思いがけない誕生日プレゼントを差し出した。

 
 
7月。
いつの間にか、しばらく「十一月」に顔を出していないことに気づく。
夏の「十一月」はとても賑やかで、どこか遠い街の雑貨店になってしまったみたい。

 
 
8月。お盆を過ぎて、「十一月」は恒例の夏休みに入る。
しばらく顔を見せてもいないくせに、クローズドの店の前を通るたびに、僕は少し寂しい気持ちになる。
夏の旅行のお土産を、いつ渡せば良いのだろう。
 
 
9月。毎年恒例の「フリーマーケット」が始まる。
玉石混淆の中から、何か掘り出し物はないかと、さもしい心で段ボール箱の底をひっくり返してみる。
久しぶりに、店主の顔を見たような気がした。
 
 
10月。いつの間にか恒例となった写真展が始まる。
普段は「立入禁止」になっている部屋の奥がギャラリー。
街は秋の匂いを漂わせ始めている。
「喫茶 十一月」がオープンして、僕は秋限定の熱い紅茶を飲み干した。
 
   
 
11月。「ロシア月間」が始まった。静かな店の中に、静かにロシア民謡が流れている。
    
 
 
12月。雪降る街の中、「十一月」は今日も静かに営業している。
北国の日没は早いから、夕方にはもう真っ暗な街に「十一月」の窓の灯りが漏れている。
店内に入ると、ストーブの燃える匂いがした。
真冬の「十一月」の透き通った空気が、僕は大好きだ。 
 

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