「古物 十一月」のこと

 

時間が止まったような空間、という言葉がある。
多くの骨董屋がそんな称号を受けてきたが、僕にとって時間が止まったような空間というと、
やはり「十一月」にとどめを刺すような気がする。
それは、まるで田舎に済む親戚の古い家を訪ねたかのような感触で、
普通に営業しているだけのはずの空間なのに、なぜかそこは温かくて懐かしかった。

ドアを開けると、いつでも女性店長の爽やかな笑顔が迎えてくれた。
いや、開店直後に訪れた時など、睡眠不足の不機嫌そうな顔が
待っていることだってあったかもしれない。
けれども、この店は僕を妙に爽やかな風で迎えてくれるような気がする。

マタ、アイツガ、ヤッテキタゾ!

店主のそんな視線を感じながら店に入ると、彼女はとてもおかしそうに笑って言うのだ。
「先週と何も変わってませんよ〜」
それでも、僕は自分のルールにしたがって店の中をゆっくりと移動しながら、
店の中の商品をひとつずつ見て回る。

前回来たときにちょっと気になっていたものがなくなっていたりすると、
まるで自分の顔見知りが人混みの中に消えてしまったかのような、軽い寂しさを覚えてしまう。
新しい商品が所在なげに店の片隅に乗っていたりすると、
僕はそれを手にとってじっくりと観察をし、そのうちのいくつかは自宅に持って帰ることになる。
もちろん、僕がこの店に出入りするようになってから、
ずっと客を待ち続けている気の長い商品だってそこにはあるわけで、
そんな商品の数々を眺めることで、僕はこの店に帰ってきたような気持ちにもなれるのだ。

関西出身だという彼女には、北海道に対する強い憧れがあるらしくて、
北海道の魅力や関西での暮らしぶりなどについて彼女と話をすることは、とても楽しいことだった。
店内にはいつでも静かなBGMが流れている。
特に、冬の始まりでもある十一月は「ロシア月間」だったから、
いつでも懐かしいロシア音楽が静かな店内を一層孤独にしていた。

僕が見つけたおかしな人形や雑貨を持っていくと、彼女はいつでも不思議そうに笑うのだ。
ドウシテ、コンナモノヲ、カウノ?
彼女にしてみると、僕はいつでも不思議なものを買って帰る、不思議な人間に違いない。

けれども、不思議な魅力という意味では、十一月の店内に敵うものではない。
どこの店でも見つけることのできないような、
古びた釘や古びた鎹(かすがい)や古びた積み木なんかが、この店では立派に商品としての主役を張っていた。
骨董店の店主を演出家としたなら、彼女は野に埋もれる女優志望の女の子に、
小さな魅力を見つけては舞台に引っ張り上げる、そんな不思議な演出家といえるだろう。
だから、この店では決して派手ではないけれど、じっくり付き合っていきたいタイプの女優たちが
静かにたたずんで自分の出番を待ち続けているのだ。

今日も僕は十一月へ顔を出すだろう。そして、彼女は決まって笑うのだ。
「この間と何も変わっていませんよ〜」
きっと彼女は知らないのだろう。僕がこの店へ通うのは、
決して掘り出し物を探そうとしているのではなく、
記憶の中の懐かしくて温かい空間を求めているのだということを。
ロシア民謡と木の香りと爽やかな笑顔。
この店に入るとき、僕はごく自然に(ただいま)と口の中でつぶやいている。
 


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